2026.6.13 新宿平和フェスに行ってきました

 高市やめろコールが熱かった新宿。
 ――このままだと平和憲法が改悪されてしまいます。
 なぜ憲法改悪を高市内閣はやりたがるのでしょうか?

 政治家の思惑を「これだ!」と指摘する人は陰謀論者と揶揄されたり、「お前なんかにわかるわけないだろう」と罵声を浴びせられたり散々です。
 実際に何からの政党を支持してボランティア活動をするひとにも「信じている」という感覚の者は大勢います。

 軍拡や憲法改悪を高市内閣が推し進めたい最大の理由は、既に国内にある利益循環構造、ネットワーク型の企業の取引関係図、要は既得権益を壊さずに、彼らの私腹を肥やすことを継続するために必要な処置だからです。日本は対米貿易黒字ですから、マクロ的に見れば輸出企業はアメリカからお金を貰っています。

 これは陰謀論でも何でもない。そもそも国民は戦前を含めれば百年以上の時間、企業団体献金などを通じて利権がらみの政治になることを、――よしとする政治思想(自由民主主義)を勝たせ続けています。
 自由民主主義とは、最も簡単に説明すると、自由主義と民主主義の折衷案です。自由主義とは、国家権力から個人の自由や権利を守ろうとする思想であり、その理念はフランス革命の「自由・平等・博愛」にも表れています。一方、民主主義とは、政治的意思決定を人民の意思に基づいて行うべきだとする考え方です。
 カール・マルクスやフリードリヒ・エンゲルスは、自由主義とは財産を持つブルジョワ階級を擁護するものだと批判的な態度を取りました。また民主主義については、無産階級(プロレタリアート)を擁護する政治思想だと読み替えました。
 フランス革命は「民衆が人権を獲得した闘争だ。人類の進歩だ。素晴らしいのだ」と意訳されることも多い中で、どうしてマルクスやエンゲルスのような社会科学者が自由主義に批判的な言葉を送るのでしょうか。まず一七八九年当時のフランスには、まだ産業革命が波及しておらず、また資本家ですら封建的特権や政治的制約によって発展を阻害されていました。後に共産主義者が批判する「資本主義の矛盾」や「労働の疎外」が顕在化する以前の社会だったことが、この齟齬の一因です。
 たとえば中学校の社会科では、共産主義を習わないので、まるでフランス革命がヒーロー物語のように紹介されることもあります。高校生によっては世界史や倫理を履修しないので、それっきりになることもあるでしょう。

 自由民主主義とは、有権者が利益や価値観を同じくする集団を形成し、自らを代表する代議士を立てることで(厳密には選挙に出馬する候補者を擁立し、彼らを当選させることで)、政治に参加する制度です。代議士は政党に属して他の代議士と調整を図り、さらに政党間でも交渉と妥協を重ねながら議会を運営します。その過程は、個人の自由や権利、法の支配によって制約され、多数派であっても少数者の権利を無制限に侵害することは許されません。

 高市内閣はそこまで奇をてらったことをしていないのです。いままで通り、利益代表の仕組みに則って既得権益の為に政治をしています。高い支持率を背景に、少数派の意見を露骨に無視する姿勢が、批判する人の猛烈な憎悪を買うのでしょう。

「今の政治はカネだ」
 と諦めきったひともいますけれど、――今も昔もカネです。裏金議員問題で「汚い」という印象が露骨に貼り付けられて、いまさらそう感じる人が多いようですけれど。

 

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